2018年5月17日木曜日

接待のバカ

上座奥側に注文用リモコンが置いてあった時点でまず戦慄が走る。笑顔が固まり生唾を飲む。

自然な流れでリモコンを下座の自分のところまで持ってきて安心するもこのリモコン、盗難防止なのか知らんが充電器刺しっぱなし推奨とかで元に戻せとアラーム鳴らしてきた。泣く泣くリモコンを元に戻す。

接待の中盤、上司が鍋を注文して二度目の絶望。残念ながら俺は鍋の作法、常識を知らない。実家では鍋料理を作りながら囲んでみんなで食べると言う文化がなかった。カセットコンロなんてものもなかった。

幼少の頃に父親を亡くし、小学中学年で祖母を亡くした自分の周りには当然、鍋奉行なんて存在はいなかった。そもそも食卓で鍋を作ると言うことがなかった。コミュ能力の乏しい自分は成長してからも鍋を囲む事は少なく、鍋料理を作る時も他人任せだったしそれでいいと思っていた。

だが世間はそんなに甘くない。社会人になってそのしわ寄せはやってくる。事あるごとに「なぜそんな事も知らない」「常識がない?」とお叱りを受ける。知らないものは仕方ない。悔しいので同じ事は繰り返さぬよう学び心に刻んできた。そうやって自分の無知を少しずつ埋めてきた。

しかし鍋は違う。鍋は人によって流儀が違う。肉が先?野菜が先?どこまで仕切れば「あとはお好みでお取りくださいね」という解放の呪文を唱えられるのか。〆は麺なのか、米なのか、玉子を入れるタイミングは?考えるだけで胃が痛くなる。

幸い上司が奉行だったので勝手に仕切ってくれたが、そんな時も気が抜けない。飲み物は半分以下になっていないか、奉行が手にしたい皿はどれかを事前に予測し長年連れ添った妻の如く、阿吽の呼吸で手渡していく。

何とか〆の雑炊まで事は運び、このシビアな時間ももう終わるのだと自分に言い聞かせる。

客「一口だけいただくので後はお食べ下さい」

上司「俺も大丈夫だから遠慮せず全部食べてよ」

こ、ここに来て飯ハラですか〜!?
正直ここまで全く食べた気はしないけど腹だけは膨らんでるという状況なのに、なぜゆえにトドメを刺しに来るですか。ちゅうか新人でも若手でもないのに、この歳になってまで飯ハラされちゃうですかー。バカ!バカ!バカ!高齢化社会の馬鹿野郎!

何とか腹に詰め込み頭の中から真っ白になる。汗が止まらない。でも終わったんだ、俺はこの接待を減点される事なく終える事が出来たんだ。やり遂げたんだ。

「おいてめえ!お客様に気を遣わすんじゃねえ!バカ野郎!」

一瞬の出来事だった。〆も終わり使命を終えた達成感を放心しながら噛み締めていた矢先に店員が伝票を置いていったのだ。しかもお客様側に。それを上司は見逃さなかった。正解はすぐさま伝票を自分らの所へススッと持ってくるべきだったのだ。知るかよボケが、と思うかも知れないがこれによりお客様はまぁまぁとニッコリ。これから覚えていけばいいのだからと諭される俺。41歳の二児の父がこのザマである。

思う所は多々あるだろう。そんな思いをしてまでやりたくないと思うだろう。だけどそれじゃいつまで経っても鍋料理を知らなかった自分のままだ。二度と同じミスはしない。同じ思いをしないようにと後輩に、自分の子供に伝えられる事が1つ増えたのだと自分に言い聞かせつつ、道端のベンチで涼みつつ消化が進むのを待ちつつ、社畜は帰路へ着くのです。

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